コーヒーとの出会い、といっても初めてコーヒーを飲んだ時の話ではありません。初めてコーヒーを飲みながら考え事をした時の、忘れられない経験を話したいと思います。

大学を卒業して2年目のある金曜日、大手企業でサラリーマンをしていた私は仕事後に大学時代の友人達と会うことになっていました。当時はGoogleマップもNAVITIMEも無かった時代ですので、適当に時間を見計らって待ち合わせ場所の駅に向かったのですが、かなり早く到着してしまいました。仕方ないからコーヒーでも飲みながら時間をつぶすか、と考えた私はカフェを探しに駅前の商店街を歩き始めました。

平日の夕方の小さな商店街はワクワクする買い物を楽しむような場所ではなく、私の目に映ったのは用事を済ませるためにそそくさと歩いているのであろう人波でした。そんな人ごみの中で私は、ある建物の2階にあるカフェを見つけました。時間を潰すには充分だ、くらいに考えた私は階段を登ってその店に入りました。

それは今から20年ほど前のことでしたが、そのカフェの雰囲気は慌しい商店街の雑踏とは別世界だという印象を受けたことは今でも忘れられません。私は窓際の小さなテーブルにつきました。メニューに並ぶコーヒーは、当時の物価を考えると高価な類だったと思います。近くのテーブルに座る学生らしいカップルの会話が聞こえてきました。

「こんな店に俺達が来ていいのかな?」

その時の私は仕事帰りでスーツを着て、それなりに安定した収入もありました。「俺はこの店に来てもいい」と考えた私は、ストレートコーヒーを注文しました。

しばらくして運ばれてきたコーヒーは、その味と香りを言葉で伝えることは敢えて控えさせていただきますが、私に優雅なひと時を与えてくれました。そして私はふと、窓の下を行き交う人波に目を移したのですが、途端にその人達が、そそくさと歩く「烏合の衆」に見えてしまったのです。しかし疑いの無い事実は、この店に入る前は私もその人波を構成する一人だったということです。

私は考えました、彼らと私を区別するものは何なのだろうと。そして私は一瞬考えました、この一杯のコーヒーが私と彼らを隔てるのだろうかと。しかし、その考えは明らかに誤っています。コーヒーは私を変えません。

では、「私」と「彼ら」を隔てるものは何だったのでしょうか?実際は、何もありません。一杯のコーヒーは私が他の誰とも変わらな、ただの一人の人だということを気付かせてくれたのですが、若かった私にはショックでした。このままでいいのだろうか。そう考え始めた私は、後に海外ボランティアに行ったり、話題に事欠かない生活を送ることになりました。

今はオジサンになって、むしろ落ち着いた平凡な生活を送りたいと願っているのですが、思い通りにならないのが人生のようです。何かと忙しくしています。そんな今でも、落ち着いたり、考え事をしたくて行くのがカフェです。